「卵巣に針を刺して卵をとります」

こんな説明を初めて聞いたとき、パニックになりませんでしたか?「どこから?!」、「針って?!」、「卵巣って刺していいの?!」、「ていうか激痛じゃない?!」などなど、頭の中は疑問だらけなのに、わりと淡々となんでもないことのように話す看護師と医者。「ええ、細い針ですから大丈夫ですよ」とか言われちゃったりして、「イヤそういうことじゃなくて!」と思ったりして。そして頼りのブログの先輩方もわりと淡々と書いているけど、どういうものなのかやってみるまでなんだか怖い気がするのが採卵というもの。経験してしまえばたぶん慣れるものですが、初めて採卵に挑む方のため、また、実際どうやってるのかなと思った方のため、まとめてみました。

採卵ってどうやるの?

いつもの経腟エコーに、細いストローみたいな金属の器械をかちゃっと装着したものを使います。この細い金属のストロー、どうでもいいですが、すごく高価で何十万円もするんです。わりと簡単そうな作りなのに、異常に高いのは医療器具あるあるですね。滅菌消毒して手術器具のように何度も使えますから、使い捨てというわけではありませんが。さて、その細いストローに、注射針くらい細くて、長い採卵針をそっと差し込みます。こうすると、経腟エコーにぴったりと寄り添って、針が出たり引っ込んだりするようになりました。経腟エコーごと、いつものように膣に挿入します。ちなみに採卵針は、実際おなかの中に刺さるものなので、使い捨て。1本数千円します。

ところで卵巣って、おなかの真ん中、奥の方にあると思っていますよね?けれど、経腟エコーを子宮の出口の脇にギュッと押し当てると、薄い膣の壁をはさんで、すぐ卵巣に触れるくらい近づくことができます。これがとっても大事。採卵の時はいつもより経腟エコーをギュッと強く押し当てられます。そのあたりの膣の壁って実は案外薄くって、1cmもありません。針を、注射みたいにプスッと刺してやるだけで簡単に卵巣に刺さります。経腟エコーの時点でとっても痛いという方は別ですが、針が刺さる痛みだけなら、注射と一緒で「ちくっ」くらいで済みます。膣の壁は鈍感なので、腕より痛みを感じにくいですし。けれど、この「ちくっ」はだいたい卵胞1個あたり1回ですから、卵胞が幸いにもたくさんある方はさすがにグロッキーになってきます。やはり数を重ねると痛みがでてきます。そのため、麻酔をかける場合もよくあります。

採卵の麻酔はどうやるの?

麻酔は、卵胞が少ない場合、決して必須ではありません。けれど、卵胞が多くって針を何度も刺さないといけない場合、麻酔をすることもあります。針が刺さる場所にだけ局所麻酔をうつ場合と、眠れる薬を点滴する静脈麻酔をする場合がありますが、これは病院によって方法が違います。また、やはりこれも自費になりますから、お値段も病院によってかなり違います。「痛いの我慢して安くする?」なんて聞くところもありますし、なかなか世知辛い話です。

採卵された卵子はどこへ行くの?

採卵針が卵胞に刺さると、中に入っていた卵子ごと卵胞液(らんぽうえき)をそっと吸い取って、針につながったチューブから試験管へと運ばれて行きます。ここからは培養士さんのお仕事。卵胞液から卵子を見つけるのは時間との勝負です。本来ならば、酸素のない卵管の中で、真っ暗闇で、体温でぽかぽかした液体に包まれているべき卵子が、いきなり、空気中の、明るい、室温の状態に放り出されているわけですから、体の中よりストレスがかかります。培養士さんは熟練の技で、秒単位で次々と卵子を顕微鏡で見つけて、培養液に1個ずつ移し替え、さっとインキュベーター(体内を真似した、卵子にちょうどいい環境にするための保温庫)の中にしまっていきます。医者もそうですが、培養士さんは本当に腕が命。ひとつの卵子が、一人の人間になるわけですから、そのプレッシャーは半端ないものだと思います。卵たちは、培養士さんによって、大切に受精卵となり、胚へと育てられて移植の時を待ちます。

採卵の副作用は?

採卵の時の痛み以外に、出血があります。針を刺すので必ず出血しますが、普通は1-2日で止まるようなごく少量のものです。しかし、偶然血管の近くだったり、何度も刺さないといけなかったりすると、生理並の出血があることがあります。そんなときはかかりつけに連絡をしてください。だいたい、採卵から半日以内に起こります。それほど出血する方はほとんど見たことがありません。何千から何万人に一人です。

膣からおなかの中に針を刺すので、いくら小さい傷とはいえ、ばい菌がついて感染することがあります。そのため、普通は抗生剤を処方され、予防的に飲んでおくことになるでしょう。チョコレート嚢腫や子宮内膜症がある方で、感染が起こりやすいことが知られています。採卵翌日以降に、熱がでたり、おなかが採卵直後よりも痛くなったりしたら、感染かもしれません。かかりつけに連絡をしてください。

腸や膀胱など、刺さなくていい臓器を一緒に刺してしまうことがあります。子宮内膜症や子宮筋腫などで、普通と子宮・卵巣の位置がズレているような場合に起こりやすくなります。とても細い針なので、刺してしまっても実はなんともないことがほとんどですが、もちろん刺さないに越したことはありません。

あとは、麻酔の副作用でアレルギーなどが起こる人も、わずかながらいます。

予想された痛み・出血以外の副作用が起こる確率は、あらゆる副作用を合わせても数千分の一です。

採卵で痛い人はどんな人?

針を刺されるちくっとした痛みは一瞬なはずですが、ものすごく痛がる方は残念ながらおられます。「採卵、痛がりそうだな」という方は、普段の内診のエコーでもすでに痛がっていることが多いです。たとえば、子宮内膜症や手術をしたことがあって、卵巣が癒着して普通とは違う位置にあったりする場合は痛い可能性が高いですね。普通なら、経腟エコーを子宮の横にぐっと押しあてるだけで卵巣が近づいてくるのですが、癒着があると近づいてこないので、余計力をいれて押さないといけなかったり、変な方向にねじらないといけないからです。そうでなくても単に経腟エコーが苦手で痛いという方はいますよね。そういう方は残念だけど採卵は痛いかもしれません。いつもの内診のエコーは別にへっちゃらという方は、あんまり痛くないんじゃないかなと思います。

卵巣に針を刺しても平気なの?

平気です。注射や採血と一緒で、刺された傷はすぐに治りますし、そのせいで卵巣機能が落ちてしまったりもしません。何度でも大丈夫です。

 

採卵って一生に何回できるの?

何回でもできます。制限はありません。卵子が育つ限り、でしょうか。

採卵した日の生活は?

麻酔をかけなかった場合、もしくは局所麻酔の場合、とくに意識がなくなることもないので、病院から帰った後はごく普通の生活で結構です。大丈夫そうなら出勤したってかまいません。あえてジムに行くとか、ジョギングをするとか、旅行に出発するとか、「何も今日やらなくても・・・」と思うようなことはしないほうがいいでしょう。唯一、湯船につかっての入浴は禁止されることがあります。膣に刺した針穴から出血することがありますからね。

麻酔をかけた場合、麻酔の効果で病院から帰った後もふらふらしていることが多いです。車の運転は1日避けてください。仕事も休んだほうがいいですね。とにかく家へすぐ帰って、シャワーに入るのもやめるか本当に浴びるくらいにしてさっさと寝てしまいましょう。

採卵って上手・下手はあるの?

ないわけではありません。慣れていない人は時間がかかるというのは当然あります。あとは器用な人はさっさと終わりますね。何事もそうです。しかし、いわゆる「神の手」というようなものがあるテクニックではないと思います。本当に医者になりたての人なら別ですが、テクニック自体は医者としての基本技能で十分まかなえるものです。また、痛みについても、卵胞が育った位置によってたまたま痛いところがあるだけで、へたくそすぎて痛いということはあんまりないんじゃないかなと思います。慣れている人がやっても、痛いところは痛いです。けれど、器用だったり慣れている人は、時間がかからないので痛みを感じる時間も短くて済むかもしれませんね。肝心なことですが、医者によってとれる卵子の数が変わるとか、取りこぼしが増えるということは、あまり考えられません。「空胞率が高かったから前の先生は嫌だ」とか言われることがありますが、それはもう、迷信というかゲン担ぎでして、医学的な意味はないでしょう。でもゲンでもなんでも担げるものは担ぎたい気持ちになりますので、迷惑をかけない範囲で言ってみるのはいいでしょう。可能な時はなんとか希望に沿ってくれるかもしれません。先生が一人しかいないクリニックでは無理ですが・・・。繰り返しますが、医者によって採卵の成績は変わりませんのでご安心を。

じょいはどうだった?

静脈麻酔で採卵してもらいました。麻酔なしで試しに刺してもらったら別に痛くなかったです。いつも自分がやっていることだから、何されるか分かりきっているし、不安がないというのも大きいかもしれませんね。

ここからは失敗談。静脈麻酔って別に直後に動いたら死ぬわけでもなし、ふらつくだけだから案外、出勤できるんじゃないかと自分を過信していたので、クリニックから自分の勤務先の病院へ直行しましたが、電車のなかでふらふらして嘔吐、駅から病院まで歩けずタクシーを拾って病院に着いたはいいけれど、頭が働かず、立ち上がるたびに嘔吐、まあ散々でした。無理はいけないなと痛感、本当に、本当に反省しました。普段言っていることは、自分も守った方がいいですね。無理をしたのに出血が増えなかったのは不幸中の幸いでした。帰りは辛すぎて、電車に乗れず、病院からタクシーで帰宅。人工授精1回分は楽に払えるくらいのタクシー代がかかってしまい、それも後悔しました。静脈麻酔の採卵なら1日お休みをいただいたほうがいいですね。