精子ってウミガメより大変ってどういうこと?!

ウミガメの赤ちゃんが大人になれる確率、知っていますか?なんと5000分の1だそうです。ダイビング中や水族館で悠々と泳ぐウミガメ・・・彼らは過酷な生存競争に勝ち残ってきたとてつもないチャンピオンなのです。

しかし。我々のもっと身近にもっと過酷な生存競争を日々繰り返す猛者が。

精子です。

1回の射精当たり数千万から数億匹の精子のうち、卵子のそばにたどり着けるのはたかだが数十匹・・・この時点でウミガメ越え。

サマージャンボだって一等前後賞は500万分の1ですよ!精子なんて卵子に会える確率が一等前後賞並で、しかも受精できるのはそのうち1匹ってどういうこと!もはや妊娠させる気あんのか、という確率です。私が精子ならやる気をなくす。

そんなわけで、自然妊娠ってみんなポコポコしてるように見えるけど、すごいことなんですよ。本当にすごい。

まずですね、膣内に放出されてもほとんどの精子が膣内で死ぬか膣の外に流れ出て死にます。膣は雑菌の侵入を防ぐために、乳酸菌の一種が住んでいて、弱酸性に保たれています。酸は、雑菌も殺菌するけど、精子もついでに殺します。精液は酸に対抗しようと弱アルカリ性になって中和しようとしますが、その過程で大部分の精子が討ち死にします。運よく生き残った精子が、子宮の入り口である子宮口(しきゅうこう)に到達できるというわけです。

子宮口の奥には、子宮頸管(しきゅうけいかん)という狭いトンネルがあって、その奥に子宮内腔(しきゅうないくう)という空間が広がっています。子宮頸管は、距離にしてたかだが5cmくらいですが、またここにもトラップが。子宮頸管は排卵期以外は通れないんです。排卵の時期っておりものが増えるのが分かるっていう方、いますよね。量は人それぞれなので、「全然分からない」という方もいますから、分からないとダメってわけではありませんのでご安心を。

いつもは白とか薄いクリーム色で、不透明で、量も少なくって、ペタペタした感じのおりものが、排卵の時期になると、生卵の白身のとこみたいな、ツルーッと糸を引くような、透明で水っぽいおりものになります。そのツルーッとした透明なおりものが排卵期(排卵日を挟んで1週間くらいはあります)に子宮頸管を満たしたとき、はじめて精子が子宮頸管を通り抜けられるようになります。何かの一定条件をクリアしないと開かないダンジョンみたい・・・。まさに初見殺し。

一生懸命5cmのトンネルを泳いで泳いで子宮内腔に到達した精子(ここですでに数万分の1に減っている)に待ち受けるのは新たなトラップです。卵管への入り口、卵管口(らんかんこう)が左右に2つある・・・。そう、排卵した卵子が待っている卵管は、どちらかひとつ。そうそう、言い忘れましたが精子は基本的に燃料ギリギリで飛ぶロケットのようなものなので、自分の行きたい方に方向転換はできません。とにかく前へ前へ進むのみです。ここでどちらの卵管口を選ぶか、2択を間違えれば、それで終わりです。永遠に来ない卵子を待ち続けて、餓死する運命。切ない。

2択を見事正解した精子たち、精鋭数十匹は卵子の到着を今か今かと待っています。途中でギリギリの燃料がついえたりしながらも、幸運な1匹だけがやっと受精に至るというわけです。

 

・・・これ、あまりにキツくありませんか?せめて卵管口直前の2択くらいまでは全員連れてってあげたくありません?それが人工授精です。

 

 

人工授精って何?

精液を濃縮・洗浄して、活きの良い精子だけを取り出し、排卵前後のベストタイミングで子宮の中に注入してやる不妊治療です。

 

人工授精はどういう人がやるの?

自然妊娠では妊娠しにくい方がやります。

タイミング法での妊娠確率って実は1周期あたり10%前後です。以外と低いでしょ。それは精子がそもそも卵子に到達する確率が低すぎるっていうことがあります。

人工授精だと、子宮内腔までは活きの良い精子を何千万匹と送り込んでやれるわけですから、タイミングに比べてその差数万倍!卵子にたどり着く精子の数が桁違いですから、受精卵もできやすくって、その結果妊娠もしやすくなるというわけです。人工授精でだいたい1周期あたりの妊娠率は20-30%程度まで上昇します。

 

人工授精は精液所見が悪くてもやれるの?

ハイ、一応は。

けれど結局、活きの良い精子があまりに少ないなら、子宮内腔まで送り込んでやっても卵管までたどり着いてくれないので、思ったより妊娠率が上がらないこともあります。

そういう場合、病院によっては独自の精液検査基準で「人工授精をしても意味がない」と判断してキャンセルになったり、体外受精・顕微授精へのステップアップを勧めることもあります。

 

人工授精は何回くらいで妊娠できるの?

「人工授精で妊娠できた!」という人の多くが、6回目までに妊娠しています。

もちろん、10回目の人工授精でようやく妊娠できたという人もいます。でもそれは珍しいことで、普通は、7回目以降での妊娠はあんまり見かけません。なので、残念ながら6回人工授精をやっても妊娠しなかった場合は、ステップアップを考えた方が良いかもしれません

不妊治療は自費診療で、不妊症は病気というわけではありません。

ご夫婦の考えとして、体外受精・顕微授精までして子供が欲しいわけではないということも当然ありでしょう。そういう場合は、人工授精を続けたっていいと思います。

よく、「次は体外受精と医者に言われた!」とショックを受けたと相談を受けます。「体外受精じゃないと妊娠できないって意味ですか?」と。

決してそうではありません。

でも、事実として、人工授精で妊娠できる人はだいたい6回目までで妊娠しているという統計的なデータがあるので、私たちとしては、より成功率の高い治療をおすすめするというだけです。妊娠にはタイムリミットがあります。そのタイムリミットにかかってしまわないように、医学的に、最適だと考えられる治療法を提案するのが私たちの仕事です。それは時に機械的に感じて、「患者の気持ちに沿ってない!」「冷たい!」と思われるのかもしれません。時間は有限です。傷ついて、すれ違いにならないためにも、「どこまでの治療を望んでいる」ということは主治医に伝えるのがいいでしょう。

 

 

人工授精のスケジュールは?いくらかかるの?

1周期あたり最低2回の診察で済みます。排卵日を見極めるための日(だいたい月経開始日から12日目前後)+人工授精当日(だいたい月経開始日から14日目前後)ですね。人工授精当日には、だんなさんの精子を持って行かないといけません。しかし、毎周期自力できちんと自然排卵が起こって、しかもその日にちがだいたい予想できる場合に限ります。

排卵日が一定しない場合、排卵を1回で見極められなくて「また2日後に来てください」となったり、自然排卵がしにくい場合、排卵誘発剤を使うために月経中の受診が必要になったりして、そうなると受診回数は2-3回増えるかもしれませんね。排卵日以降は次の月経まで受診しなくていいですから、月経開始日から2週間くらいの、周期前半に受診が集中します。

金額ですが、人工授精当日の代金が病院によって2-3万円くらいでしょうか。排卵誘発剤を使わなければ1周期3-4万円でできますね。排卵誘発剤は種類によって数百円~数万円とピンキリです。お値段はしっかり聞きましょう!大事なことです!

 

人工授精の赤ちゃんへの影響は?

ありません。人工授精で出産した赤ちゃんに奇形が増えるとか、早産になりやすいとか、そういう報告はありません。黄体ホルモン補充をした場合でも、同様で、赤ちゃんに影響はありません。

 

じょいはやった?

やりました! (ダメでしたけどね。)

幸い、月経周期排卵時期も予想がしやすいタイプだったので、1周期あたり2回の診察で済みました。そのため通院は大変ではありませんでした。(自分の病院でやればもっと楽ですけど、なんとなーく気を使ってしまって自宅の近所で通っていました。)

きっちり6回やって、諦めてステップアップしました。実際、医者として人工授精している患者さん見ていると3回目くらいで妊娠する人が半分以上な印象なんですよねぇ。そのせいで3回目が終わって生理が来た時には「なんか人工授精では私は妊娠しない気がするな・・・」と早々に諦めモードでした。夫には「弱気になってはできるもんもできないよ!」と叱咤激励を受けましたが、そういうものじゃなくないですか!?そんな気合でなんとかなるなら全員自然妊娠してらあ!けっ!

 

(番外編)人工授精は病院行かずに自力でもできる?

一応、できますこちらに詳しい解説があります。いわゆるシリンジ法ですので、病院でやる人工授精とは妊娠率も落ちますのでご注意ください。

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